小さな駆逐艦の躍動

明治38年5月28日、大日本帝国海軍の駆逐艦『漣(さざなみ)』(有名な「特型の漣」ではありません)の駆逐艦長・相羽恒三少佐は迷っていました。

対馬沖の翌日

「漣」と相羽少佐と乗組員たちは、昨日の海戦(帝国連合艦隊vsロシアバルチック艦隊の主力同士)では主力艦隊に随伴して走り回っていました。
夜に入って、主力艦隊はいったん追撃を止めていますが、「漣」など駆逐艦隊は敵の残存艦を追及し、魚雷攻撃を行っていたのです。

常に最高速31ノットで突っ走り続けた機関員たちは、いくら頑健がウリだと言っても疲労困憊しています。

漣、1901横須賀

初代漣
1901年横須賀にて

 

この当時は、まだ軍艦の燃料は石炭です。
石炭燃料は燃やしてやるのに、機関員の体力を多量に消費してしまうのです。

しかし、この好機に強大なロシア・バルチック艦隊の残存艦を出来る限り沈めなければなりません。

主力艦の大半はどうやら討ち取ったようですが、僅かの残存艦隊でもウラジオストックに逃げ込んだら…

後々日本から大陸への補給路を襲ってくることは確実でしょう。

陽炎1920、呉

三等駆逐艦「陽炎」呉にて大正9年撮影

 

そんな時、ツァイス社の高倍率双眼鏡(私物)を持ちこんでいた塚本中尉が2隻の露西亜駆逐艦を発見したのです。

「漣」は同僚艦の「陽炎」と連携して追跡に移りました。

「陽炎」は「漣」とは別部隊でしたが、駆逐艦はそれぞれ所属艦隊から分離して、高速を利して言わば「落ち武者狩り」をしていたのです。

対馬沖で装甲艦ボロジノからロジェストウェンスキーを救出する駆逐艦

ロジェストウェンスキーを救出する駆逐艦の絵画

 

やがて敵の一艦が速度を落としました。

「敵艦、白旗を掲げます!」

もう一隻の敵艦はそれでも逃走を続けています。

追うべきか?降伏艦を拿捕すべきか?
相羽少佐が一瞬迷ったところでありました。

結論は考える間もなく「陽炎」艦長の吉川安平大尉が出してくれました。陽炎の方が逃走艦の追跡にかかったのです。

「漣」は停止した敵艦を捕まえるより他にはありません。

この時はもちろん艦名など判る訳はありませんでしたが、逃走したのは駆逐艦「グローズヌイ」でした。

一方、停船して降伏したのは同じく駆逐艦の「ペドウィ」だったのです。

M38日本海海戦で捕獲したペドウィ。皐月と命名された

日本海海戦で捕獲したペドウィ。
皐月と命名された

 

「ペドウィ」を臨検してみると、驚愕すべき事態が判明しました。

重傷を負った敵バルチック艦隊の司令長官、ロジェストヴェンスキー中将が座乗していたのです。

「漣」は敵艦隊の司令長官を捕虜にする、と言う近代海戦ではマレな殊勲を上げることになりました。
(公式記録は「漣」と「陽炎」の協同です)

「ペドウィ」は取っ捕まったあと、「皐月」と命名されて大日本帝国海軍に編入されました。
「グローズヌイ」の方は「陽炎」の追跡を振り切り、ウラジオストックに入港。壊滅したバルチック艦隊のなかで、「目的を達成した」一艦となったのでした。

駆逐艦は軍艦じゃない、などと仰る方へ

大日本帝國海軍には早くから「艦艇類別」と言うものがありまして、所有している艦艇を「戦艦」とか「巡洋艦」などに区別していました。

良くマニアの方が
『駆逐艦は艦首に菊の御紋章が付いてないから「軍艦」じゃないよ』
と仰るのも、この「艦艇類別」が『差別』の理由になっています。

昭和初期の木曾。艦橋最上部が露天の羅針艦橋、その下が搭載機格納庫扉

菊の御紋章(昭和初期の軽巡木曾)
この画像、搭載機の格納庫(の扉)も映ってるんですが、どこかお判りになりますか?

 

ただ、この『差別』もず~っとそうだった訳ではありません。駆逐艦がちゃんとした「軍艦」だった時期もあるんです。

「駆逐艦」が帝国海軍の類別に載るのは、古く明治31(1898)年の3月21日。

水雷艇(軍艦・艦艇ではありません)の類別の中に
「水雷艇駆逐艇」
として新設されたのがその初見です(だろうと思います)。

ですから、最初は(生まれた時は)「駆逐艦差別主義者」さんたち(笑)のお望み通り、駆逐艦は軍艦じゃなかったワケです

しかし、明治33(1900)年に、この小さいけれど良く働く機敏なフネは「軍艦」の類別に変わり、名称も「水雷艇駆逐艇」からただの「駆逐艦」に変更されます。

駆逐艦はついに「軍艦」に出世したのであります。この一時期だけですけどね。

わずか5年後の明治38年。
「駆逐艦」は「軍艦」から「艦艇」の類別に変更されてしまいます。これ以降、駆逐艦が軍艦に類別される事はありませんでした(´;ω;`)。

この後、大正元(1912)年に「駆逐艦」の中に等級が制定されます。

計画排水量1,000トン以上を一等、1,000トン未満600トン以上を二等、600トン未満が三等駆逐艦とされました。
三等駆逐艦画像集はこちら

大日本帝國海軍には、初めから「三等駆逐艦にしよう」と建造した三等駆逐艦はありません。

一等~三等に類別された時点では、進歩にともなって駆逐艦はかなり大型化していまして、過去の物となった小さな駆逐艦を便宜上「三等」に区分したのです。

ここでは、そんな愛すべき三等駆逐艦、初期の大日本帝國海軍を支えた駆逐艦たちを紹介して参りましょう。

雷型

我が海軍が初めて手に入れて運用した駆逐艦が雷型(いかづちがた)駆逐艦です。

同型艦は雷(いかづち)・電(いなづま)・曙・漣・朧(おぼろ)・霓(にじ)

イギリスのヤーロー社(ヤ―ロー罐で有名な会社)に設計と建造を依頼して、英国のB型駆逐艦をタイプシップに製作されたと言われています。

煙突の数も配置も違うし、儂としては「参考程度やろ?」と思ってますけどね。

B級初代

大英帝国海軍の初代B級駆逐艦

 

一番艦の就役開始は明治32(1899)年の2月25日で、同級全艦が退役したのは大正14(1925)年です。

建造後日本に回航され、日露戦争で活躍しました(霓のみ就役した年に座礁、沈没)。
当初は建造したモノを分解して日本へ輸送するつもりだったらしいのですが、分解せずに廻航して航洋性能を確認したんですね。

ちなみに殊勲の「漣」は駆逐艦籍から除かれ、雑役船(掃海船)となりますが、第一次大戦の青島の戦いにも参加。

大正5年8月29日に標的船として撃沈され、生涯を終えることになりました。

東雲型

明治29年度の第一期拡張計画で建造されました。同型艦6隻ともイギリスのソーニクロフト社に発注しています。全艦が日露戦争に参戦しました。

M32英より廻航準備の東雲級不知火

英国で廻航準備の東雲級「不知火」(明治32年)

 

東雲(しののめ)・叢雲(むらくも)・夕霧・不知火・陽炎・薄雲

暁型

改雷型で、明治30年度の「第二期拡張計画」で計画・建造された駆逐艦型です。同型艦2隻がイギリスのヤーロー社に発注されました。

暁型霞

暁型「霞」明治35年

 

暁(あかつき)・霞(かすみ)

白雲型

改東雲型で、明治30年度の第二期拡張計画で建造されました。同型艦2隻をイギリスのソーニクロフト社に発注しました。

 

雷型 東雲型 暁型 白雲型 春雨型
排水量 公試:305t 常備:322t 同363t 同322t 同375t
全長 68.4m 63.6m 67.2m 65.9m 69.2m
全幅 6.26m 6.0m 6.3m 6.3m 6.6m
吃水 1.58m 1.7m
主罐 ヤーロー式
石炭
専焼罐4基
機関 2軸、
6,000馬力
2軸、
5,475馬力
2軸、
6,000馬力
2軸、
7,000馬力
2軸、
6,000馬力
最大速力 31.0ノット 30ノット 31ノット 31ノット 29ノット
航続距離
乗員 55人  70人
兵装 8cm砲×2
6cm砲×4
45cm魚雷
発射管×2
8.0cm砲1基
57mm砲5基
45cm水上
発射管2門
同左 8.0cm砲2基
57mm砲5基
45cm水上
発射管2門
8.0cm砲2基
57mm砲4基
48cm水上
発射管2門

 

ついに国産化、春雨型と神風型

駆逐艦の製造は海軍の師匠、英国に頼ってきた日本海軍でしたが、やっと国産で造って見ることにしました。

ここまでの4級を見ると雷型と暁型はヤーロー社に、東雲型と白雲型は同じ英国でもソーニクロフト社で生産させて、ある意味で競争試作の形態を取っていることが判ります。

造ってみて、日本海を走り回ってみたうえで、海軍は日本人の体格と運用に合うのは「ヤーロー社型」だとの結論を得まして、明治33年度の計画で建造を決定。

コレが初の国産駆逐艦「春雨型」となります。ネームシップ「春雨」は明治36年に竣工。

春雨型村雨

春雨型「村雨」明治41年

 

春雨型の7隻、「春雨」「村雨」「速鳥」「朝霧」「吹雪」「霞(かすみ)」「有明」は初の国産駆逐艦とは言っても、まだまだ独自設計とは行かず、英国の設計をコピーしたものでした。

なお、初めての独自設計駆逐艦は「峯風」型だとされています。

また、小改良型の「神風」型(初代)が明治37年から建造されています。
神風型は日露戦争を睨んで32隻もの大量建造を行いましたが、戦争には間に合いませんでした。
32隻も艦名を列挙するのはナンですから、気になる方はウィキでも覗いて下さい。

以上で大日本帝國海軍の「三等駆逐艦」の系譜は幕を閉じ、一等・二等のハイ・ローミックスで質と量を追う時代へと移っていきます。

帝国海軍で「華」とうたわれ、最前線に張り付き続け、国を守り続けた「駆逐艦」の歴史は「三等」から始まったのであります。

 

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