零戦は本当に格闘戦に強かったのか~戦闘機の前下方視界を誤解してました~
みんな大好きレシプロ戦闘機。
基本的には操縦席の前に、ドでかいエンジンが鎮座しています。
前下方視界は無いも同然
エンジンの前には巨大な直径のプロペラがついています。
さらにレシプロ戦闘機の地上姿勢はこのプロペラのクリアランスを取るために、前方を高くすることになります(飛行姿勢でも、大なり小なり迎え角を取っていますから、上向きですけど)。
このために、パイロットの視界は大きく制限を受けてしまいます。
とくに機首の下方は絶対に見えません。
この点はパイロットたちにとっては大きな負担だったようで、日米独英を問わず開発時には「前下方視界の確保」が要求されましたし、テスト飛行の段階でも多く指摘されています。
透明なエンジンでも作らない限り物理的に不可能なんですが、各国ともに技術者を苛めて無理を言うのは造兵者の悪弊みたいなものでしょうか?
ただ、これには各国で限度や対応に違いがあります。
我が国の場合、性能をスポイルしてでも視界を確保しようとする傾向が強いのですが、アメリカの場合は性能重視(猫シリーズのビア樽ボディのせいでもありますけど)、ドイツはドイツらしく「尾輪を高くする」という禁じ手で隘路を突破したりしています。
電脳大本営的には、「整備された滑走路なら、見えんでも離陸着陸できるだろ!艦載機の着艦はちょっと怖いだろうけど」というのが公式見解ですけどね。
この結果、我が零戦は当時のライバルたちに対して圧倒的な視界を有していて、実戦経験豊富な搭乗員とも相まって大東亜戦争緒戦の空を制圧した…っていうのが、一般的な理解じゃないでしょうか。
敵猫の初代、F4F「ワイルドキャット」と零戦をくらべてみてもこんな感じで、後方も含めて視界の良さは我が零戦の圧倒的な勝利!だと信じ込んでおりました。
ところが、「零戦神話の虚像と真実」という本で目から鱗が落ちました。
零戦神話の虚像と真実 零戦は本当に無敵だったのか
今回はこの本の内容を一部紹介させていただきます。
視界は敵を撃つために
私は、前下方視界といえば離着陸の時のことばかりを考えていたのですが、空戦時にも大変重要なんだそうです。
考えてみれば、戦闘機なんですから空戦時の視界が重要なことは当たり前。敵機の上空から一撃することが有利なことは素人が考えてもよくわかる事なんで、前下方が良く見えるかどうか?は確かに致命的に重要なものだと判ります。
その点を考えると、我が零戦の前下方視界は決して良くないのです。いえ、大変悪いといっても過言ではないのであります。
比較対象として、この本では米陸軍のP40「ウォーホーク」を上げています。
P-40ウォーホークのスペックは
動力:アリソンV-1710-99レシプロエンジン(出力1200HP)
最大速度:565 km/h、航続距離:1740km、実用上昇限度:10,270 m
武装:AN/M2 12.7mm 機関銃×6+爆弾: 225kg
こいつはキルレシオでは零戦にやられっぱなしの印象が強いです。支那を支援した義勇航空隊「フライング・タイガース」の使用機として有名ですね。
コクピットの外見を見る限り、後方視界は無いように思われます。
液冷エンジンですから太さはないものの、前にズンと突き出していますから問題の前下方視界だって大してありそうも無いですね。
ところが注目点を実戦に振ると、我が零戦を凌駕する視界が広々と開けてくるのであります。
7.7ミリ機銃が邪魔になる!
さて、電脳大本営的に「世界一美しい戦闘機」である、我が零式艦上戦闘機のコクピット内をご覧ください。
これはウォーホークと対戦していた時期にはまだ登場していない、零式艦戦52型甲のコクピット画像なんですが、大きな差はないと思われますのでご容赦ください(11型・22型などではここまではっきりとした操縦席や計器盤の画像は私も持ってないんですよ)。
ご注目頂きたいのは、前部風防内に見える赤いソフト・パッドとその前にあるアクリル板です。
アクリル板がついているのが、98式射爆照準器です。
98式射爆照準器は、ドイツ製の照準器をお手本にして開発された光学式照準器です。
上の写真では赤い、下は黒い顔面保護パッドの奥の円筒形の部分に「レティクル」と呼ばれる照準環とレンズが、さらにその下には豆電球が仕込まれています。
「レティクル」は上部の透明アクリル板に投影されまして、搭乗員はこのレティクルの映像を透して敵機を照準するわけです。
こんな感じですね。
この瞬間に発射したら撃墜確実ですね。
ちなみに、この画像は自衛隊土浦武器学校に展示されている98式射爆照準器を撮影。やりおるな、自衛隊。頼りにしてまっせ~。
ところが、実際には「この瞬間」に発射することは零戦搭乗員には大変難しいことだったのです。
判りやすい画像をもう一枚行きます。
壊れてますけどね。中央の照準器の左右(左側は無くなってますが)黒いデカいのが零戦の(20ミリは携行弾数が極端に少ないから)主武器の7.7ミリ機銃です。
この機銃は、ご存じのように零戦の機首からプロペラ回転半径内から発射されます。銃尾はこんな風にコクピット内に突き出してたんですね。
対するP40ウォーホークの視界が広くて
我が零戦のコクピットだけなら「そんなもんかな」などと思われそうですから、ライバルのコクピットもご覧いただきましょう。
英軍が使用していた、撃墜されて数十年たってから砂漠で発見されたものです。
私は意地悪なんで、敵性国の武器はこういう形でお目に掛けたいのね(笑)
ちょっと判りにくいので、もう一枚。
我が零戦との違い、お判りでしょうか?
私には視界の問題だという予備知識があってもわかりませんでした。
答えは先に書いちゃいましたが、7.7ミリ機銃を収めるドームのあるなしです。
これが、零戦の前下方視界にとって致命的な影響を与えてしまったのです。
7.7ミリ機銃を収めるドームで、両脇斜め下への視界が遮られてしまっているのがお判りでしょう。
沢渡の手持ち画像では良く判らぬわ!とおっしゃる方のために、念のために「零戦神話の虚像と真実」から説明用のイラストを2枚お目に掛けましょう。
まずは零戦から
お次はP40です。
どうです、前下方左右の視界が全く違うでしょう?
仮に、敵機の後上方の僅かに左右にずれた部分から追尾したとすると、このようなことになってしまいます。
完全に7.7ミリ機銃を収めるドームの陰になってしまうのです。
先に『「この瞬間」に発射することは零戦搭乗員には大変難しいことだった』と申し上げましたね。
ウォーホークのコクピットなら、【敵機の進路】と書いてあるあたりで視認できますよね。
我が精鋭の零戦搭乗員たちは、こんな悪条件とも戦いながら「無敵零戦」を操っていたのです。
その技量思うべし。称賛するべし。
簡単に視界を改良出来たのに
主武器である7.7ミリ機銃の銃尾ですから、これは仕方なかったのでしょうか?
主翼内の20ミリを諦めて、ここに7.7ミリを沢山搭載した方が良かったのかも知れません。
しかし、そこまでの大改装をしなくても、この視界問題は簡単に解決できたのです。
その方法は「照準器の装備位置を高くする」ことだけなのです。
基本的に、零戦とP40のコクピットのイラストをご覧いただいて、両者の計器盤と照準器の(レティクルが投影されるアクリル板の)装備位置の関係を観察してください。
零戦のレティクルが、P40と比べてとても低い位置に表示されることがお判りいただけると思います。
これをもっと高い位置に、風防の枠ギリギリの位置に表示するように、簡単な修正を加えていたら。
レティクルが高い位置にあれば、それを通じて下を見下ろす視点を取ることになります。まあ、搭乗員の頭が風防につっかえるかも知れませんが。
射撃時に限られますが、前下方視界は劇的に改善されていた筈です。
もちろん、そのためには搭乗員の着座位置を上げなければいけません。が、零戦には着座位置の上下ができる装置が備わっていました。着陸用ですけれど。
国の興亡を賭けた大戦争の主兵器の大欠点に、なぜ帝国海軍は簡単な修正を加えることが出来なかったんでしょうか?
おそらく、ですが電脳大本営は「誰も疑問に思わなかったからだ」と考えています。
現代の自衛隊の装備にも、こんな隠された欠陥がないように。
願うはそればかりです。
兵器は、ありとあらゆる視点から評価しなければならないと、強く思うものであります。
なおこの本には、まだまだ触発される見解・研究がありますよ。
ゼロ戦の視界に関する分析、大変興味深く拝見させていただきました。
実際の空戦だと直線飛行をする敵をとえられるチャンスは極めてまれで、旋回しながら逃げる敵機をこれまた旋回しながら撃つ場面がほとんどだそうです。旋回時は水平旋回であっても操縦桿を引きながら行うため敵機はレティクルの中心よりも必ず上に見えます。
と言うことで機体水平軸より下が見えなくても空戦にはほとんど支障がないそうです。
同様に初期型の飛燕のように真後ろが見えない機体もありましたが、後ろから襲って来る敵機も同様の理屈で水平軸より上に見えるので真後ろは見えなくても特に困らなかったと本で読んだことがあります。
あの本は自分も読んだが、零戦撃墜王たちの殆どが逝去された今になって、実際に操縦桿を握ったことも無い法曹界の人が趣味的に、通説を覆すことで脚光を浴びようとしているだけに思えた。当時20歳の若(ジャク)と呼ばれた世代の203空戦闘303飛行隊の安部正治一飛曹は、彼の手記である「わすれざる熱血零戦隊」の中で、「そのころの私は、あえて照準器の電光クロスを消してしまっていた。電光クロスはなくとも、もう、それはとっくに眼の奥の網膜に焼きついてわかっていた。」と記している。あの本の著者によればP40は零戦などよりよほど優れた戦闘機とのことだが、陸軍航空審査部にあって、鹵獲したP40やF2Aバッファロー、97戦、隼、飛燕、鍾馗、疾風から海軍の零戦の21型~52型、雷電、輸入したフォッケウルフFW190までテスト飛行した荒蒔義次少佐は、「敵ながら心配になる豚児P-40、その特徴は撃てず当たらず」と戦後の手記で酷評している。戦闘機の操縦桿を握ったこともないのに試合の結果が出てから後だしジャンケンで一知半解の妄言を垂れ流す奴の本など一顧だに値しない。
それよりは、電脳大本営氏は特攻作戦に関して小生が指摘した事項について、貴殿の後だしジャンケンのような批判本文を訂正していただきたいものです。