エリアルールのヒミツ
第二次大戦の最終盤には、独英でジェット機が実用化されて実戦に投入されたのは皆さん良くご存じのこと。
我が国も独力(同盟国からの技術移転も)で開発したのですが、実戦で使うには時間が足りませんでした。
高速化は空気抵抗との戦い
それまでのレシプロエンジンの航空機、特に戦闘機とくらべて、ジェットエンジンを搭載した飛行機の優越している点は「高速」に尽きます。
ドイツのMe262なんかですと、極度に高性能化していた当時のレシプロエンジンの戦闘機に比べても、時速にして100キロくらいは早くなって850キロメートル/時くらい出てました。
ですから、戦後に本腰入れて開発したら「超音速戦闘機」なんて、すぐに出来るんじゃね?と思われていたようです。
因みに音の空気中での速度は摂氏0度・一気圧において331.5メートル/秒。摂氏1度の上昇で毎秒0.6メートル早くなる、となっています(三省堂の大辞林)。
面倒臭ぇので大まかに1200キロメートル/時って事で良いと思います。
ついでに申し上げときますと、海水中の音速は温度・塩分濃度・深度によって変わりますが、だいたい5400キロメートル/時くらい。空気中よりはるかに(4.5倍)速い!のです。
海水中では電波(空気中なら光速で進みますわな)の伝播が極端に制限されちゃう事もあって、いまだに潜水艦のセンサーが音に頼ってる理由がこんな所にもあるんですね。
余談ココまで。
しかし、現実は厳しいのが世の常でありまして。
実際に戦闘機が音速を越える速度(一時的に、ですけど)を獲得するのは1950年代半ばまで掛かってしまいました。
「戦後」10年も掛かったんだ…
音速がどうのこうの…って意識する前(レシプロ時代)でも、戦闘機が速度を上げようとすると空気抵抗が増えてしまっていました。
空気抵抗は速度の2乗に比例して増えちゃいますから、ちょっとの増速に大きな推進力のアップが必要になるんですな。
ところが、ジェットエンジンはレシプロエンジンに比べると「機体を推進する力」が格段に大きい(レシプロは「馬力」で、ジェットは「推力」でこの力を表現していますから、私の様なシロウトでは比べ難いんですけど)ので、ジェットエンジンを改良・熟成していけば、音速突破はすぐに出来る、と思われていました。
↑ご注意!「プロペラ機」の最速はソ連の爆撃機Tu-95で950キロ/時だけんど、アレはエンジンがターボプロップだからね。ジェット機ですわ。
ところが、ですね。
飛行機が速度をグングン上げて音速に近づきますと、機体の発する音はその速度によって圧縮されて行きます。
って言うか、自分(音)の速度と同じくらいのスピードで、音の発生源が追いかけて来るから逃げられないって言いますか。
この圧縮された「音」(=空気の振動)は壁のように飛行機が超音速になることを拒んだのです。
機体が「音速を突破する」とは、蓄積され圧縮された「音」を突き抜けていくことだったんです。
そのためには音速以前の増速に比べたら、桁違いの膨大なパワーを投入しなければいけない事が、実際の「音速の壁突破チャレンジ」で判ってきたのです。
人類初の超音速だけど
そんな中で、人類で初めて(公式に)音速を突破したのは試験機の「ベルX-1」を駆るチャック・イエーガーさんでありました。
ただ、イエーガーさんの愛機「グラマラス・グレニス」はロケット推進でした。
ココでまた余談ですが、「グレニス」って言うのは、イエーガーさんの奥さんの名前らしいんですな。
イエーガーさんは
「儂の嫁さんな、チチでっかいでぇ!ケツもパンパンに張って具合が良いのじゃ。」
って言って回る人だったんだな。アメリカン・ヒーローっぽくて、儂は好きやぞ。
セクハラって言うなら、儂じゃ無くてイエーガーさんに言うてくれよ(笑)再余談、再終了。でも、後でもう一回ボディの話になります。
ロケット・エンジンはジェット・エンジンに比べてパワーは勝りますが、燃費は極端に悪くて、細かい制御もやり難くなってしまいます。
実際に、グラマラス・グレニス・X-1のエンジンも飛行中の推力調整は出来ませんでした。
同じエンジンを4基積んで、そのON・OFFで推力を調整しているんです。
「実験機」としては、それで目的(音速突破)を果たせば良いんですけれど、「戦闘機」としては使い物にはなりません。主翼も後退翼じゃないしね(笑)
戦闘機として使おうと思うと、やっぱりジェットエンジンじゃないと、っていうワケではありますが、当時のジェットエンジンではなかなか壁を突破するほどのパワーが出ません。
レシプロがそうだったように、ジェットエンジンも誕生から短時間でどんどん進化していきます。それでも「パワーだけ」で音速を突破するのは困難な事でした。
デカパイ(死語やな)の嫁さん持ちが、ロケットで音速を越えたのに、ジェットじゃなきゃダメじゃん。
お金持ちの道楽
お金が有り余っていたアメリカ空軍は、1950年代に入ると「センチュリー・シリーズ」と言われる超音速戦闘機を、次々に設計させることになります。
F(アメリカ空軍の戦闘機に付与されていた記号)のあとに百番台の番号が付く一連の戦闘機です。
アメリカが一番輝いていた時期だからこそ、可能になった超贅沢な戦闘機シリーズであります。
「F100スーパーセイバー」(ノース・アメリカン)は当時の世界最速1215キロ/時を達成しますが、これは機体がクリーンな状態の時だけ。
機外に小さな搭載物を付けるだけで音速突破が出来なくなるのでした。ガン・ポッドなんてもってのほか…アカンやん。
「F101ブードゥー」(マクドネル)はマッハ1.7の高速を誇りましたが、操縦性能が低劣で、元々の目的である戦略爆撃機の護衛なんざ、とても出来そうもありませんでした。
そして「F102デルタ・ダガー」(コンベア)であります。
この戦闘機は「迎撃専門」として注文されたんですけど、コンベア社はアレキサンダー・リピッシュ博士のコンセプトで開発することにしたんですね。
あっ、期待した方には申し訳ないけど、104番は出てこないからね。話を元に…
リピッシュって、あのリピッシュさんです。
無尾翼大好き・デルタも大好きのリピッシュさん、母国ドイツの敗戦後は元敵国で無尾翼機開発の指導をしてたんですね。
で、流石リピッシュ博士のご指導だけあって、「F102デルタ・ダガー」の飛行は安定してたんですが、肝心の超音速飛行が出来なかったんです。
音速直前のマッハ0.95あたりまでは速度が出るんですが、それ以上はいくらアクセル踏んでも加速しません(クルマじゃあるまいし、アクセルは踏みませんけどね)。
まさに今まで述べてまいりました、「音の壁」に突き当たってしまったのです。
単純に言えば、「エンジンのパワーが足りねぇ」ってだけの話なんです。機体は安定してるんで、エンジンを強力な奴にすれば…
ところが困ったことに、「F102」は「クック・クレイギー・プラン」という特殊な製造プランで作ることになっていたんです。クレイジーじゃないからね(笑)
クックさんとクレイギーさん、どっちも人の名前だから…
軍用機の開発は、普通なら要求性能の提示・設計案の審査・試作機のテスト・量産準備型の生産・制式採用・量産開始などのステップを踏んで行きます。
ところが、クック・クレイギー・プランを採用した「F102」は、試作機のテストの前に生産ラインを組んじゃっていました。
このラインでゆっくりと準備型を製作しながら、並行してテストをやろう、って言う野心的な生産方法です。
大御所リピッシュ先生のご監修だから、問題ないだろ?ってな事だったんでしょうかね。
エンジンのパワーが足りないだけなら、もっとパワーの出るエンジンに換装すれば良いだけですが、生産ラインまで出来上がっちゃってるとそうも行きません。
まあ、それだけじゃないんですけど、「F102」は既定のエンジンで、つまり空力を改善することで音速を超えることを強いられちゃったのであります。
センチュリー・シリーズ、早くもピンチか?だからこの記事にはF104が出てこないのか?
いやいや、この時代のアメリカは輝いておりました。
音速なんて、とっくに越えてた
音速を超える速度は、グラマーな嫁が自慢のチャック・イエーガーさんが初めて成し遂げた、と書きましたが、一つ書き落していました。それは「有人」って事であります。
人が乗らない飛翔体であれば、人類はずっと昔から超音速の物体を飛ばしていました。
そうです、銃砲弾であります。
銃や大砲の弾丸は人間が「音の速度」なんてモノを意識する以前から、勝手に(笑)音速を超えて敵に向かってカッとんでいた事は、どなたも異論はございますまい。
一例を(必要ないでしょうが、書きたいんだもん)上げておきましょう。例は戦艦「大和」の主砲である45口径46糎砲の砲弾であります。
長さ2メートル、重さ1.4トンの巨大でクソ重たい(ご参考までに、零戦21型の自重は1.7トンです)砲弾が、780m/秒つまり時速2808キロメートルで飛び出していく(初速)のであります。
この砲弾が仰角23.12度で撃ちだされ、30キロメートルを翔破いたしまして、31.21度の落角で敵艦に着弾したとしますと、この時の速度は時速1710km/h(データはWikiから丸パクリ)。
ずっと超音速で飛んでるんですね、もちろん。
で、砲弾のカタチって高速で飛行するのに適してるんじゃないのか?って話になるんであります。
やっぱり紡錘形?
砲弾や銃弾が超音速でカッとんで行くのは、その形の為ばかりではありません。
推進力(火薬の爆発による)を一方向に指向して、効率的に押し出しているからなんですけど、一方で大昔の「丸い砲弾」では、戦艦大和の主砲でも音速までは出なかったかも。
やっぱり砲弾はこういう形をしてるから、「速い速度で飛ぶ」と言えるのでしょう。
これをヒントにしたかしないか、ハッキリしませんが(電脳大本営はヒントにしたと確信しております)、「高速飛行においてもっとも抵抗の少ない形状」ってモノを研究している人がおりました。
それもお二人、国も違う。別々に研究されていたんですね。
このお二人、シアーズさん(アメリカ人)とハックさん(ドイツ人)がそれぞれ別々に研究と探索を重ねて発見しちゃった立体こそ、その名も「シアーズ=ハック体」であります。
シアーズ=ハック体は両端が尖った円筒型です。ラグビーボールを引き伸ばしたようなモンで、前後対象で中心位置において断面積と円周が最大になるようになってます。
横道に逸れて、ラグビーの話をしたい誘惑に打ち勝ちます。
お気づきでしょうか?
現代の潜水艦もこんなカタチ(笑)ですよね。このカタチこそ造波抵抗を大きく低下させる形なんだ、って事が判ります。
まあ、シアーズ=ハック体は水中では無くて、空気中での抵抗を考えていますから、ちょっと違う原理らしいんですけど、私にはよく判りませぬ。
この「シアーズ=ハック体」こそが、音速突破に最も適したカタチである、と認識されるようになるのは、そんなに時間が掛かることではありませんでした。
ただ、この形状では主翼もエンジンも尾翼も取り付けることが出来ませんわな。
主翼もエンジンも無いような「飛行機」には予算もつきませんし、従って夢も希望もついては来ません(エンジンだけなら機内に収容でけるな)。そもそも飛ばねぇし。
それじゃあ、役に立たんじゃん!なのでありますが、ここである「発見」が為されるのであります。
その発見こそエリアルールであります。
エリアルールっていうのは(ご存知の方は多いと思いますが)、「シアーズ=ハック体」の造波抵抗の小ささを維持したままで「主翼もエンジンも尾翼も」取付け可能にする「大発見」なのであります。
エリアルール1号、発表される
飛行機の音速突破には膨大なパワーが必要であり、1950~1960年代のジェットエンジンでは、まだ余裕をもって突破!ってなワケにはいかなかった、ということを書いて参りました。
シアーズ=ハック体で空気抵抗を小さくすることが出来るとは判ったのですが、それでは主翼も尾翼も付けられないので、飛行機になりません。
そこで音速突破の「もう一つのカギ」となったのが「断面積法則」、エリアルール(Area rule/このエリアは断面積の事)なのであります。
実はエリアルールは二つありまして。
先ずはマッハ1前後まで、すなわち音速を超えるだけなら「とりあえず有効」だった遷音速領域向けの「エリアルール1号」。
「エリアルール2号」は1号が無効になるマッハ1.2位より速い速度域で有効なんですが、コレは後で触れます、たぶん(ムズ過ぎるんで)。
此処では、私でも理解でける1号を考えていきます。
エリアルールとは、機体設計にチョコッと工夫する事で音速飛行における造波抵抗を小さくするというもので、従来より少ないエンジンパワーでも音速突破が可能になりました。
このためエンジンパワーが不足がちだった時代のジェット機にとっては重要な技術となってきます。
この「エリア・ルール1号」を発見したのは、NACAの技術者、ウィットコムさんという研究者でした。
NACAってのは、後々NASAになっていく「アメリカ航空技術の元締め」とでも言うべき組織です。
で、ウィットコムさんはこのエリアルール1号の後にも「スーパークリティカル翼」の開発にもイッチョ噛みしているほどの優秀技術者でありました。
この人が1952年に発見した「シアーズ=ハック体」の抵抗の小ささのヒミツこそがエリアルール1号であります。
「おい、ソレは何度も読んだぞ」ってお怒りはごもっとも。
ただ、「発見」ってのは大きな問題なんであります。
つまりエリアルール1号は、ウィットコムさんって優秀な研究者が、論理的に導き出したモノじゃないんです。
シアーズ=ハック体に対していろんな実験をしているウチに「偶々」見つかったモノだったんであります。←ココ重要です。
ウィットコムさんが、シアーズ=ハック体に何とか「主翼」を付けようとしてアレやコレややってるうちに、あることに気づくんであります。
上の図で、Dのモデルは主翼が付いてる部分の胴体が、絞り込まれています。
この簡単な図では判り難いのですが、主翼を付けて増えちゃった断面積分だけ胴体を削ったものなんです。
この結果、外形は全く違いますが断面積はシアーズ・ハック体と(ほぼ)同面積になります。
で、このD状態であれば、通常のシアーズ・ハック体と同様に空気中での抵抗が小さいじゃん!ってことをウィットコムさんが発見したのであります。
大事なトコなんでもう一回書いときますと、
「正面から見た時の断面積が大きく増大する、主翼取り付け部の胴体を絞り込めばその抵抗はシアーズ・ハック体のようにもっとも低い状態になる」
って大発見でした。エリアルール1号、誕生です。
そんでもって、ウィットコムさんはエリア1号ルールを1952年8月にNACA技術報告(Report.1273「音速に近い胴体と主翼の抵抗値軽減向上に関する研究=Study of the Zero-Lift Drag-Rise Characteristics of Wing-Body Combinations Near the Speed of Sound」)として発表なさるんであります。
アメリカの(民間も含めて)航空業界は、この革新的な技術に飛びつき吸収していくのであります(航空機の進行方向から見た断面積変化をなるべく小さくすることで、亜音速巡行でも抵抗が小さくなる→燃費が良くなる…など)。
ココのところ、実はこの記事で儂が最も言いたいところでして。
せっかく「発見」した「音速突破のためのヒミツの形」を、誰でも見られるレポートとして発表しちゃうって…
このエリアルールですが、論理的に導き出したモノではない、って言う意味ではヒミツにしておくべきモノだったでしょう。
しかし一方で、たとえば設計が終わって試作機まで造っちゃってたF-102が、胴体の設計をやり直して
「不可能だった音速突破を果たした」
なんてことは公式に発表しなきゃいけません。
アメリカ空軍の予算は超潤沢とは言っても、アメリカ国民から出して貰っているんですから、成果は成果として発表しなきゃいけませんから。
もう一方では、
「アメリカ空軍はデルタ翼の超音速戦闘機を飛ばしてる!」
ってことは敵国・敵陣営に対してもヒミツにしておくべきではありませんね。
大いに宣伝してやった方が、戦争を抑止する効果は高いのですから。
そうなりますと、この胴体がくびれているスタイルは衆人の眼に晒されることになります。
ヒミツにすべきことはそんなに多くない
ようやく話の終わりに近づきました。
つまり、エリアルールによるコカ・コーラのクラシックボトルみたいな、チャック・イエーガーさんの嫁さんみたいなグラマラスボディは、誰の眼にもはっきりと見えるカタチでさらされる、ってことであります。
で、こんな素敵な胴体の形ですから、見る人が見たら「なんじゃこりゃ?」ってな感じでその意味を探るでしょう。当然、同じ形のモックアップを作って、風洞実験なんかするでしょう。
エリアルールのヒミツなんて、すぐにバレてしまいます。
ですから、ちゃんと論文として発表してしまう方が正解なんです。
他の「軍事技術のヒミツ」だって、ホンマに極秘にすべきものなんて、そんなに沢山ある物ではありません。
真に重要なのは、その技術を支える論理だったり原則だったり、技術を実戦に使う運用だったりするんです。
いや、まあそんな事はどうでもよろしい。
儂としては、チャック・イエーガーさんの嫁自慢を、さんざクサしたオチが付けられたんで、それで満足(笑)