支那・超汚染に負けない宣伝戦

荒井広宙

「南京大虐殺」も「百人切り」も「追軍売春婦」も、主体は違えど対日嘘宣伝の結果。
わが国も国際的な宣伝で対抗しよう、と言われても中々目に見える成果が見えてこないのが現実です。

大日本帝国のプロパガンダは

現代の戦いも、「大日本帝国の英霊の戦訓に学ぶ」のが電脳大本営でありますから、有効なプロパガンダを探るために大日本帝国陸海軍のやり方を見てみましょう。

大戦中の敵兵相手のプロパガンダは以前にも紹介しております。

*今回は辻田真佐憲著「たのしいプロパガンダ」から大きなヒントを頂いております。

さて、大日本帝国の「宣伝戦」研究は第一次世界大戦後から始まったようなのであります。
第一次大戦は同盟国(ドイツ側)にしろ協商国(イギリス側)にしろ、史上初めての「総力戦」となりました。すなわち、前線で戦う軍隊ばかりでなく、それを支える国内の生産体制、さらにそれを支える国民生活までが戦争の帰趨を決める要素としてクローズアップされたのです。
たのしいプロパガンダ (イースト新書Q)

大日本帝国は参戦したとは言うものの、主戦場とは言い難い極東の小部隊を圧倒的戦力で叩いただけ。
海軍の小艦隊は、地中海まで派遣されて熾烈な通商破壊戦に投じられましたが、陸軍にはついにその機会は巡ってきませんでした。

「シベリア鉄道経由で、東部戦線に一個師団だけでも」派遣していたら?タイミングにもよりますが、「ソ連」は誕生していなかったかも知れません。
そこまでは行かなくても、戦車や毒ガスまで投入された戦場を実際に体験していたら?大日本帝国の国防思想は姿を変えていたに違いありません。

横道にそれちゃいましたね。
敵国となったとはいえ大日本帝国、特に陸軍にとってはドイツは師匠格。
そのドイツが戦場では互角以上に戦い続けながら、革命によって脆くも崩壊してしまったことは大きな大きな衝撃でありました。

ヒトラーとゲッベルス

ヒトラーとゲッベルス

その原因として大日本帝国陸海軍が見出したのが「宣伝」だったのです。つまり国民に対する戦争を継続していく正当性をいかにアピールしていたか(ドイツでも同様に研究され、次の大戦では宣伝の名手が政権の中枢に座る事となりました)?
ドイツでは国民に戦争の正当性が余り理解されず、苦しい生活を続けることに意義を見出せなくなった国民が革命に走った。それこそがドイツの敗因だと。

同様に「総力戦」が予想される次の大戦での必勝を期するためには、国内、国民に対する宣伝を重視すべきだと(ごく一部で)認識されることとなったのであります。

海軍軍事普及部

プロパガンダと言っても、難しく考えるとわけがわからなくなってしまいます。
電脳大本営が取り上げますので、当然「軍事関連」ではあるんですけど、「政府広報」とか「情報公開」の一分野ととらえれば実態に即してるんじゃないかな?と思うんであります。

大日本帝国の社会は、脳足りんの左寄り歴史屋が盛んに捏造するような「知らしむべからず、寄らしむべし」的な前近代社会ではありませんでした。
大日本帝国では、公権力から完全に独立したマスメディアが、一社ごとに独自の思想性をもって報道に当たっていました。
不偏不党を標榜しながら反日報道を繰り返す現代日本のマスコゴミや教育界を考えると、よほど思想に対して自由闊達な世の中だった、と言えると思うのであります。

一社ごとに独自の思想性があると言っても、一社だけで公権力と対峙することは困難ですから、各社は取材に関しては一定の「同盟」ないし「連合」を組むことになります。政府との接点においては、それが各省庁の記者クラブと言う形になりました。

海軍省の記者クラブが誕生したのは、日清戦争(1894-1895年)中です。当初は「潮沫会」と名乗ったのですが、「黒潮会」と名前をかえました。日露戦争の際には、海軍省からの公報やブリーフィングは潮沫会に対してなされるようになりました。

松島慶三

松島慶三

 

これに対して海軍の方も広報体制を充実させていきます。大正13(1924)年には海軍省の広報部門として海軍軍事普及委員会が設置されています。1932年には軍事普及部と名前を改めるこの組織の、松島慶三と言う将校が本日の主人公なのであります。

海の詩人

大日本帝国の軍部には「宣伝」など武人の業にあらず、と言う感覚も濃厚にありました。国民の多数と接触し、国民一人一人の「思い」が戦力に直結する陸軍はまだしも、サイレント・ネイビーを標榜する海軍は特にその傾向が強かったのです。

その海軍にあって松島慶三は海軍兵学校・海軍大学校を出たスーパーエリートながら、関東大震災でのデマの流布や民心の動揺を直視してプロパガンダの重要性を感得した、海軍将校にしておくのはもったいない傑物でありました。
海軍大学校でも研究テーマは「宣伝」。エリートらしからぬ「儂、出世したくないもんね」みたいなテーマの選定であります。

卒業後の松島は多くの軍歌を作詞することになります。「海軍爆撃隊」「海南島上陸の歌」「金語楼の水兵」「嗚呼榊原中佐」などが知られています。ネットからは聞けませんが、「歴史的音源」に収められている曲もありますので、国会図書館などにお越しの際はぜひ。

宝塚

松島慶三は愛国歌詞を多く手掛けながら、限界も感じていたようです。

「もっと自然に、純粋にエンターテインメントの形でプロパガンダを進めるべき。」との思いが徐々に募り、ついに一つの結論を得ます。

それが「宝塚歌劇の活用」です。

はっきり申し上げておきますが、私はタカラヅカは大機雷です。
揃いも揃って同じ髪型・デカい口、顎先を突き出してしゃべる不遜な態度、今頃はやらぬ体育会的上下関係…「発想の自由」が何より大切な筈のアーティストを養成しているとはとても思えませんから。

ですが、私などが何をほざこうが、今も昔もファンは多いようです。特に女性のファンが。ここ一つのポイントです。

松島慶三はこの宝塚歌劇に目を付けたのです。昭和9(1934)年の5月公演「太平洋行進曲」、10月公演「軍艦旗に栄光あれ」昭和10年5月「明け行く太平洋」昭和11年1月「広瀬中佐」5月「少年航空兵」と矢継ぎ早に原作を手掛けています(酒井慶三、海野啓一、海野慶三のペンネームも使用)。
何故かすべて花組の公演となっています。理由が判る方がいらっしゃたら、お知らせいただけると幸いです。

宝塚のホムペやYouTubeを調べても公演の動画は無いようです。仕方ないので辻田真佐憲著「たのしいプロパガンダ」から「太平洋行進曲」の内容を探ってみましょう。

「太平洋行進曲」は6部構成で第一景「太平洋の黎明」第二景「戦艦の甲板」第三景「赤道祭」第四景「南洋群島」第五景「上海事件」第六景「太平洋行進曲」となっているのです。

太平洋行進曲主演の奈良美也子

「太平洋行進曲」主演の奈良美也子(中央)

 

台本が見つかりませんので、「たのしいプロパガンダ」から丸引きします。第一景「太平洋の黎明」で兵曹が新兵のハンモックを点検するシーン。

新兵2 「あつ11番が来ました。」
11番の新兵グ二ヤゝの釣床(ハンモック/吊床が正しいと思い
ますが、原文のまま。以下同じ)を持って、靴を手に下げ、出
てくる、上着は前後反対なり。

新兵11 「教班長おくれました」
兵曹あきれかへつて見る

新兵一同クスクスと笑ひをこらす

兵曹  「何だ、こりあーーー」
兵曹  「この釣床は何だ、まるで芋虫の腹下し見た様だ、そして上着は何故反対に着てる」

新兵11 「はいこの通りです」

兵曹   「この通りではない、この中着の襟はちゃあんと後に垂れて、紐を前で結ぶことにしてあるのだ」

新兵11  「でも子供は涎垂掛は前にします」
新兵一同笑ひこける ハゝゝゝゝ

兵曹   「気をつけ!笑ふんじゃない、そして靴は何故はかな
いのか」

新兵11  「少し小さいんです」

いかがでしょうか?

私には何も面白くないんですけど、一応コミカルなお芝居って事なんでしょうね。いえ、笑いのレベルがどうこうって話ではなく、「海軍プロパガンダ」なのに、水兵さんを笑いものにしてるって事です。

もちろん、第二景・第三景と進むにつれて「海軍恰好ええ!」「大日本帝国こそ世界平和をもたらす」っていう話になって行くようなのですが、これが「松島慶三のプロパガンダ」の神髄だったのであります。

つまり、最初から「海軍万歳」みたいな堅苦しい話をおっぱじめた日には、少女歌劇に憧れてる女の子たちが付いてきてくれません。

ごく普通のエンターテインメントの姿を取りながら、「海軍って良いじゃん」「大日本帝国は正義の味方」って主張をそれとなく自然に直接的でなく混ぜ込んでいく。

これが松島慶三が考えた効果的な宣伝方法でありました。

次のリンクは歌劇「太平洋行進曲」のメインテーマ「連合艦隊行進曲」です。「太平洋行進曲」と言うマーチもあるんですが別曲です。

シン・ゴジラでも

フェイスブックのグループでもある方のスレでコメントさせて頂いたのですが、話題の映画「シン・ゴジラ」でもこの手の「それとなくプロパガンダ」が挿入されているのを発見しちゃいました。

シン・ゴジラ

シン・ゴジラ

それは映画中盤で首都を破壊されている日本の首相が報告を受けるシーンです。
「対馬沖で不穏な動きがあります。」

たったこれだけ。

電脳大本営を読みに来て下さる方なら、お判りですよね。我が国の国難に付け込むあのチョソの脅威を見事に一言で表しています。

でも、プロパガンダなら、「ハンリュウ好き」にこそアピールしなければいけないんじゃないの?

いえいえ、これで良いのです。「韓流好き」に頭から糞の脅威を説いても反発するだけです。ゴジラの破壊の合間に「対馬」「不穏」と入れておくだけで十分なんですよ。
そう思うと、「シン・ゴジラ」は対支那プロパガンダそのものなんですね。一応、言い出しっぺなので偉そうに解説すれば、海から迫るゴジラは支那そのもの。
政府の判断は「上陸できない、上陸しても自らの肉体を支えきれない」で、これは前の売国政権の国防意識の無さを表現したか。
「対馬沖」云々はどさくさ紛れのチョソに対する警戒呼びかけ。

自衛隊による「武力行使」逡巡も安保法制の未整備を訴えているもの。

翻って、チャソ・チョソのプロパガンダはどうでしょう?

我が国内の反日勢力の味方もあって、大きな成功を収めたことは事実です。ですが、奴らはストレート過ぎたのではないでしょうか。
あまりにもカサにかかって、調子に乗りすぎて事実無根の宣伝をやり過ぎたんではないでしょうか。

今後もこの方針で

もちろん、チャソ・チョソ方式の真っ向勝負も「放置すれば事実」になってしまいますから、反撃しておくことは必要です。
必要ですが、チャソやチョソより大きな声で喚くことが有効とは言い切れません。

わが国にはたくさんのアニメなどのソフト資産がありますし、ソフト資産を生み出すクリエイターのレベルは高いのですから、純粋なエンターテインメントの中にそれとなく「反撃」を盛り込んでいくことは簡単でしょう。

追記;リオデジャネイロ・オリンピックで自衛隊体育学校所属の荒井広宙選手が50km競歩で銅メダルのニュースが入って来ました。

荒井広宙

荒井広宙

自衛隊ならではの競技で世界を席巻するのも、自衛隊プロパガンダとしては秀逸かも知れませんよんね。
沢渡個人としては、「ボールを使う格闘技」ラグビーに進出していただきたいのですが、現実にはボート・ヨット競技などはどうでしょう?当然海自の担当。
体育学校は陸自の影響が大きいようなので、カヌーは陸自にお任せ。
射撃やアーチェリー、格闘技(レスリングは今も名門ですね)系はご専門の筈なんで、広報予算からもちょっと回して貰って「東京」を目指してほしいモノ。

ぜひ、松島慶三にならって楽しく効果的なプロパガンダを繰り広げて頂きたいものです。

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